あなたの血管ガマンしていませんか?(PICC編)
点滴による治療を受けられている患者様へ
あなたの血管ガマンしていませんか? もうひとつの選択:PICC(ピック)とは?
監修:大阪大学臨床医工学融合研究教育センター
栄養ディバイス未来医工学共同研究部門 特任教授 井上 善文先生
- 点滴中や点滴後に腕が痛みませんか?
- 点滴中や点滴後に血管のまわりが腫れませんか?
- 腕が痛くて、服の着替えやかばんを持つのがつらいときはありませんか?
- 腕が痛くて、タオルやぞうきんがしぼりにくいときはありませんか?
- 点滴した腕の外見上の変化が気になることはありませんか?
- 点滴を始めるまでに、何度も刺し直しをされることはありませんか?
- 点滴をするのがつらくて、治療を続ける意欲が落ちていませんか?
どれかひとつでも当てはまる方は、このコンテンツを読んでみてください。
はじめに
点滴は、静脈に細いチューブ(カテーテル)を挿入し、そこから薬を入れる治療方法です。点滴する薬は、病気を治すためのものだけではなく、痛みや吐き気などの症状を抑えるものや、必要なカロリーが摂取できない場合にそれを補うための栄養の輸液など、患者さんや病気の状態によってさまざまです。多くの場合、点滴は腕に短いカテーテルを挿入して行いますが、方法は他にもあります。
ここでは、点滴についての基礎知識と「PICC(ピック)」という器材を使った点滴治療についてご紹介いたします。
点滴の基礎知識(1) 末梢静脈からの点滴
末梢静脈(腕の静脈)に細くて短いチューブ(カテーテル)を挿入し、そこから薬などを点滴します。挿入は比較的簡単なので、現在一般的に行われている方法です。一方、細い血管に点滴するので、血管が薬による刺激を受けやすく、使う薬によっては痛みを伴ったり、血管を傷つけたりすることがあります。
- 点滴中や点滴後に腕が痛みませんか?
- 点滴中や点滴後に血管のまわりが腫れませんか?
- 腕が痛くて、服の着替えやかばんを持つのがつらいときはありませんか?
- 腕が痛くて、タオルやぞうきんがしぼりにくいときはありませんか?
- 点滴した腕の外見上の変化が気になることはありませんか?
このような症状は「静脈炎」と呼ばれています。多くの場合、静脈炎には、点滴する薬の酸性度やアルカリ性度が大きく影響しています。pHの数値が低いほど酸性が強く、高いほどアルカリ性が強くなります。血液のpH は7.34-7.45です。
薬の中には、酸性の強いものや、反対にアルカリ性の強いものがあります。 このような薬を点滴すると血管に刺激を与えるため、静脈炎を発症する可能性を高くします。
▲静脈炎を起こした患者さんの腕。血管に沿って赤くなっています
刺激の強い薬を使用して静脈炎が重症化すると、血管がもろくなります。そのため、カテーテルが血管に入りにくくなったり、血管の中に入ったカテーテルがしばらくして血管の外に出てしまい、薬が血管の外に漏れてしまったりする[血管外漏出(ろうしゅつ)]危険性も高まると考えられます。
薬の中には、点滴中に万一血管外漏出を起こすと、炎症や痛みを引き起こすものがあります。それだけでなく、周辺の細胞の壊死を引き起こして「やけど」のようなさらにひどい痛みを伴ったり、壊死した部分を手術で取り除くなどの別の治療が必要となったりすることがあります。
また、末梢静脈から点滴する場合、1週間に1~2回程度、カテーテルの定期的な入れ替えが必要になります。
刺激の強い薬を使用する場合に限らず、カテーテルの入れ替えなどのために何度も末梢静脈に針を刺していると、血管を傷つけ、次第に針が血管に入りにくくなることもあります。
- 点滴を始めるまでに、何度も刺し直しをされることはありませんか?
- 点滴をするのがつらくて、治療を続ける意欲が落ちていませんか?
点滴の基礎知識(2) 中心静脈からの点滴
鎖骨付近や首、太ももの付け根にある血管から長いチューブ(カテーテル)を挿入し、そこから薬を点滴します。カテーテルの先端を心臓の近くの静脈(中心静脈)に位置させるので、このようなカテーテルを「中心静脈カテーテル」と呼びます。
心臓付近の血管は腕の血管に比べて太く、流れている血液の量が多いので、薬の刺激による影響を受けにくく、静脈炎による苦痛を感じることはまずありません。
中心静脈カテーテルに関連する合併症
<挿入に伴うもの>
カテーテルを挿入するときに、動脈や肺を傷つけてしまうという合併症が報告されています。 たとえば、動脈に針が当たって起こる合併症である「動脈穿刺」や「血胸」、肺に針が当たって起こる合併症である「気胸」などがあげられます。万一このようなトラブルが起こった場合は、速やかに適切な処置をとります。
<挿入後に起こるもの>
カテーテルが破損する、感染を起こす、カテーテルの周りに血液中の成分がつく、カテーテルの中が詰まって使えなくなるなどのトラブルが報告されています。 このようなトラブルが起こった場合は、カテーテルを抜くこともあります。
中心静脈カテーテルを使用するときは、このような合併症の発生頻度をできるだけ下げることが重要です。そのため、合併症を予防するためのいろいろな対策が講じられています。
PICC(ピック)とは
PICC(ピック)は、Peripherally Inserted Central venous Catheterの略で、「末梢挿入型中心静脈カテーテル」を意味し、腕から挿入する中心静脈カテーテルのことをいいます。
腕の静脈からのカテーテル挿入は、鎖骨付近や首、太ももの付け根にある血管からのカテーテル挿入に比べて、誤って動脈や 肺を傷つけてしまう危険性が低くなります。
また、正しくカテーテルを管理すれば、PICCは通常の中心静脈カテーテルと比べ、感染の発生率も抑えられるといわれています。※2
PICCは、中心静脈カテーテルの利点をもちながら、関連する合併症の危険性を下げることができるカテーテルです。
(写真)PICCを挿入した患者さんの腕。腕の静脈から挿入されていますが、カテーテル先端は心臓近くの太い血管に位置しているので、中心静脈カテーテルとして使用することができます。
現在、PICCはいろいろな治療に使用されています。
- 食事がとれず栄養の輸液をする場合
- 抗がん剤、抗生剤などの刺激の強い薬剤を使用する場合
- 頻繁に静脈への注射を行わなくてはならない場合
PICC(ピック)を使うメリット
点滴のたびに針を刺す必要がありません。
点滴セットや注射器をつなげるだけで点滴ができるので、そのたびに針で刺されることがありません。そのため、血管にカテーテルが入らなかったり、カテーテルが血管の外に出てしまうことによって血管外漏出を起こしたりする危険性がありません。
末梢静脈から点滴するときに使用する短いカテーテルと異なり、定期的な入れ替えの必要がないため、入れ替えのたびに針で刺されることもありません。
刺激の強い薬を点滴しても痛みを伴いません。
薬は心臓近くの太い血管に入っていきます。そのため、薬の刺激による影響を受けにくく、静脈炎による痛みを我慢する必要はありません。
カテーテルは詰まりにくいしくみになっています。
カテーテルのなかには、先端に薬の出口となるスリット(弁)があるタイプのものがあります。点滴をしていないときはスリットが閉じるため、血液がカテーテル内に逆流して固まる危険性を防ぎます。
PICC(ピック)の挿入
PICCの挿入は、通常局所麻酔によって行われ、おおよそ30分程度で終了します。鎖骨付近や首、太ももの付け根から挿入するカテーテルと異なり、末梢静脈から点滴するときと同様に腕の静脈から挿入するため、患者さんは比較的恐怖を感じずに処置をうけられるといわれています。
合併症について
PICCは、動脈穿刺、気胸、血胸、感染など、中心静脈カテーテルに関連する合併症の発生頻度を下げることができる、とご説明しました。しかし、PICCに関しても、挿入時や挿入後に合併症を起こすことがあります。たとえば、カテーテルが破損する、カテーテルの周りに血液中の成分がつく、カテーテルの中が詰まって使えなくなるなど、中心静脈カテーテルと同様のトラブルが報告されています。PICCは通常の中心静脈カテーテルと比べ感染の発生率が低いとされていますが、感染が起こることもあります。
このようなトラブルはカテーテル管理をしっかりと行うことにより予防できるものもあります。万一起こった場合には、適切な処置を行います。
そのほか、比較的多く報告されている合併症に、カテーテルを挿入するときの刺激による腕の痛みや腫れ、発赤が挙げられます。このような場合、腕を温めて様子を見ます。※3改善されない場合はカテーテルを抜くこともあります。
よくある疑問
特に決められた使用期間はありません。トラブルがなければ点滴に必要な期間使用することができます。一般的に、数週間 から数ヶ月単位で使用されています。
カテーテルを覆っているドレッシング材の上からラップなどを巻き、カテーテルが濡れないように保護することで、シャワー浴を行うことが可能です。
べとつきが気になる場合は、薄いガーゼハンカチやタオルなどをドレッシング材の上にのせ、その上からラップを巻くと軽減できます。巻いた部分は、お湯にひたさないようにします。
▲透明ドレッシング材の上からカテーテルをガーゼハンカチなどで覆い、上からドレッシング材またはラップなどで覆います。
「カテーテル挿入部を観察する」「カテーテル挿入部を覆っているドレッシング材を交換する」など、管理に必要なことを行いながら、家で過ごすことができます。詳しくは病院でお尋ねください。
参考文献
※1 BARD ACCESS SYSTEMS,“Early Vascular Assessment Advantage Program”,2009
※2 Christopher J. Crnich and Dennis G. Maki, ‘The Promise of Novel Technology for the Prevention of Intravascular Device‒Related Bloodstream Infection. II. Long-Term Devices’, Clinical Infectious Diseases 2002; 34:1362‒8
※3 Infusion Nurse Society, “Policies and Procedures for Infusion Nursing 4th Edition”